死ぬのは怖いこと?体が無くなっても、命が存在し続ける理由

あなたは「死」に対してどのようなイメージを持っているでしょうか。

普通は、得体が知れない未知のもので、どちらかというと恐ろしいもののように感じることでしょう。

もし、あなたが若い人であれば、死とは遠い先の話のようで、まだ自分が明日も当然生きているものだと思っているかも知れません。

ですが、そんな人も、病気になって孤独になると、「死ぬと、どうなるのだろう」と不安な気持ちになることもあるでしょう。

さらに、年を重ねていくと、身内や大切な人が亡くなり、自分自身の死についても意識せざるを得ない状況になっていきます。

さて、このような死について意識せざるを得ない状況というのは、気分は一時的に暗くなるかも知れませんが、もしかしたら、それは人間にとって必ず必要な体験なのではないでしょうか。

すなわち、「死とちゃんと向き合ってください」というメッセージを人間であれば誰もが受け取るのかもしれません。

この記事では、そうした「死」について、少しでも理解が得られ、恐れがなくなるよう、私が数年間もの間、様々な書籍や体験から分かったことをお伝えしようと思います。

死ぬことが怖いのはなぜ?

そもそも、私たちが「死」を恐れてしまうのは、なぜなのでしょうか。

もっともイメージしやすいのは、死の前兆として、自分自身に起こる様々な苦しみかと思います。

具体的には、ガンや心臓病などの病気などで苦痛を味わわなければならなかったり、スポーツや趣味などが体力的にできなくなって、気晴らしの手段がなくなっていきます。

さらに、死が近くになるにつれ、自分が愛する人、家族との別れを受け入れていかなければなりません。

そして、こうしたリアルな体験から、「自分という存在が、この世から消えていってしまう」ということも、だんだんと強く実感していくのでしょう。

その時、自分がなくなることへの恐怖、または、死んだ後は自分はどうなってしまうのかという根源的な不安に、人は最終的に行き当たるのではないでしょうか。

もちろん、その事実を何の抵抗もなく受け入れられる人もいるかも知れませんが、こうした恐怖・不安感が全くのゼロにすることは難しいでしょう。少なくとも、若い頃のように、他人事のようにはいられないと思います。

そのような現実を前に、中には「どうすればこの苦しみから解放されるのか」ということを考えはじめ、自分自身の内側を見つめたり、宗教的なことに関心を持つ人もいます。

人によっては、余命宣告を受けた後に、キリスト教の洗礼を受けてクリスチャンになり、満足して亡くなる人もいるのだそうです。

死について、一見ネガティブな方に目が行きがちですが、このように、死というリミットがあるからこそ、自分自身と真剣に向き合い、「残りの時間をいかに生きるべきか」という発想が生まれ、生き方を改めようとする側面もあります。

「死んだ後、自分はどうなるのか」という根源的な恐れ

さて、死ぬことに対する様々な恐れがある中で、最終的に行き当たるのは「死んだ後、自分はどうなるのか」という不安ではないかと述べました。

人は、全くの未知の経験に対して、無意識に恐れを抱いてしまいます。例えば、薄暗がりにある縄の塊を、とぐろを巻いた蛇のように思って、とても怖がってしまうわけです。

そういった意味で、死の正体を見破ることができれば安心なのですが、生きている内には、死の正体を知る機会はないので、誰しもが不安に感じざるを得ないのだと思います。

実際のところ、死の正体や、死後の世界について、様々な宗教が教えてくれてはいるのですが、信仰を持たない日本人にとってはあまりピンと来ないことも多いようです。

科学的な考え方を強く持っている日本人にとっては、天国や地獄などよりも、「肉体が消えたら、自分という存在が一切なくなる」というように考えの方が、根強くあるのではないでしょうか。

もちろん、目に見える現象のみでいえば、この考え方は間違ってはいません。

ですが、これを極端に捉えてしまえば、「どうせ全部なくなるんだから、好き放題しよう」と欲望のままに生きてしまいかねず、その一方で、死に対する恐れや不安は、ますます強くなってしまうかも知れません。

そこで、果たして「人は肉体が死んだら、自分という存在は全てなくなるのか」という点に関して、その前提を疑ってみたいと思います。

人は肉体が死んだら全部終わり?

世の中では科学が発達して、目に見えるあらゆるモノや現象に対する研究が進んでおり、その視点でいうと、人間の命も「目に見える肉体の存在」だと認識してしまうことがあります。

科学が人の命を軽んじている訳では決してありませんが、科学が人の死に対して与えうる意味は「生物の機能の停止」という他にはありません。多くの人もそこで納得して、考えることを止めるようです。

ですが、科学は無限の可能性を秘めた人間という存在を捉える、ほんの一つの観点にすぎないともいえるのではないでしょうか。

かの重力の法則を発見したニュートンですら、科学者としての自分自身について、以下のような言葉を残したそうです。

私は、海辺で遊んでいる少年のようである。ときおり、普通のものよりもなめらかな小石やかわいい貝殻を見つけて夢中になっている。真理の大海は、すべてが未発見のまま、目の前に広がっているというのに。

私たちは、科学という素晴らしい発明を尊重しつつも、無限の可能性があるこの世界や人間の存在を、一つの観点のみで捉えず、むしろ非科学的に、感覚的に探ることも時には必要なのではないでしょうか。

「非科学的な」人の死についての考え方

死について、多くの日本人は「肉体が活動しなくなり、なくなること」と認識しますが、医学的にも、脳の機能停止=「脳死」をもって、人の死が決定されるそうです。

脳が機能しなくなったら人間としての活動が一切できなくなるため、それが生物としての死であることは分かりやすい考え方です。

ですが、その事実を拡大して捉えて、「人間の命は脳の電気信号に過ぎない」という意見を持っている人もいるようです。

このように人の生の原因を「肉体や脳そのもの」とする説が本当なのであれば、私たちは死んだら何もなくなる儚い存在であるともいえるのかもしれません。

さて、実際はどうでしょうか。肉体や脳が人間という存在の全てかどうかを、少し考えてみましょう。

例えば、人間が「立ち上がる」という活動を例にとってみます。

この立ち上がるという活動の原因を、肉体的な側面で説明するなら、

人の身体は骨と腱から形作られており、骨は関節の中を自由に動き、腱が伸びたり縮んだりすることで折り曲げることができる。そこで、脳の電気信号が足の腱を伸ばすように命令を送り、立ち上がるという動作を行なった。

となるのかもしれません。

確かに、肉体を動かして活動をする時には脳内で様々な電気信号が通います。

ですが、それは目に見えるプロセスを説明したにすぎず、本当の原因かと言われると、感覚的に少し違和感があるのではないでしょうか。

シンプルな話、あなたが立ち上がった本当の原因は、

お腹が減って、ラーメンを食べに行こうと思ったから

ではないでしょうか。

もし、あなたが何もしておらず無心でいるときには、肉体が活動するための電気信号も起きないでしょう。

ですが、「意識」が意思を持って行動を起こす時に、体を動かすための電気信号が強力に通い、実際に立ち上がることができるのです。

つまりは、人の生について、脳や肉体は活動を行うための条件であり、電気信号はそのプロセスにすぎず、その前に「意識」が先立って本当の原因として存在する可能性があるのです。

人の「意識」は肉体や脳の存在を前提としない

それは、例え高度な情報処理ができるパソコンを持っていても、それを使い、適切に管理する人の意思(意識)がなければ何も起こらないのと似ているかもしれません。

まず人が活用しようという意思を持って電源をONにし、色々なソフトウェアを実行することで、パソコンも本来の機能を果たせるのです。

そして、人の意識は、このパソコン=脳・肉体という目に見えるモノに先立って存在し、その活動を滞りなく行われるよう管理している、上位の存在ではないでしょうか。

そうであるなら、低次のツールであるパソコンが原因となって、より高次の「意識」が生まれる道理はないため、仮にパソコンが無くなっても、意識そのものは消失せず、存在し続ける可能性があります。

つまり、「意識」の存在そのものは、肉体や脳の存在を前提としないと考えることもできるのではないでしょうか。

通常、意識と脳や肉体は一体化して活動しており、それらがセットであるからこそ人間であるともいえます。

ですが、もし「命」を人間としての肉体が活動していることではなく、「意識が(どこかに)存在していること」であると捉えるなら、肉体がなくなったとしても、まだ命は存在していると考えられないでしょうか。

この考え方が可能性として少しでも納得できるのであれば、「肉体が消えたら、自分という存在が一切なくなる」という発想を逆転することもできるかも知れません。

また、同時に、死後の世界や、それにまつわる様々な宗教的な仮説が必ずしも間違っているわけではないとも思えるようになってくるでしょう。

今回は、「肉体の死」が人間という存在の完全な消失ではなく、「命」「意識」そのものは、どこかに存在し続けるかもしれないという仮説をお伝えしました。

次回の記事では、その「意識」とは何かということを、さらに深く考えていきます。

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