カールロジャースが本当に伝えたかった「カウンセリング」とは?

カウンセリングの祖といわれるカールロジャースは、日本におけるカウンセリングにも大きな影響を与えた存在です。

私も、かつてエンカウンターカフェという名前で、ロジャースが創始した「エンカウンターグループ」と呼ばれるグループカウンセリングを数年間運営していました。

また、カールロジャースの真髄を学ぶため、七年間直接師事されてきた大須賀 克己先生の元に入門し、熱っぽい教えを口伝で受けてきました。

その経験と実際に自分でカウンセラーとして活動してきた中で、確信が深まったことがあります。

それは、日本で一般的に行われているカウンセリングと、カールロジャースが伝えたカウンセリングは、一致しているようにみえて、実はほとんど真逆であるということです。
※もちろん、どちらかが間違っているというわけではありません。

今回は、私が実際に見聞きした経験から、カールロジャースの伝えたかった本当のカウンセリングとは何なのか、伝えていきたいと思います。

日本の一般的なカウンセリングと、ロジャースのカウンセリングの違い

日本で行われている一般的なカウンセリングは、私が受けてきたものでは以下のような形式だったかと思います。

  1. 患者からの話を事務的に聞き、自分のことは信頼を失わない程度にしか話さない
  2. 話をメモを取りながら聞き、患者の状態を論理的に整理する
  3. 患者を「病気の基準」にあわせて、様々に分類
  4. その分類にあった処方箋を渡したり、対処法を伝える

こちらの方法が間違っているはずはなく、現代の科学的方法であり、医療行為といえます。

ですが、私が大須賀先生のもとで学んだ方法は、以下のようなものです。

  1. 目の前に来てくれた人を一人の尊敬すべき人間として、純粋な関心から話を聞く。自分のことも喜んで話す
  2. 目を見ながら話を聞き、相手を分析せず、世界観にどこまでも寄り添い、自分自身も深く共感する
  3. 「私が治そう」という意識を持たず、心からの深い響き合いによって「自然に治ってしまう」
  4. 指示しない。その人の生命の主体性を信じ、成長を焦らずに見守る

いかがでしょうか。どこまでも非科学的で感情的で、とらえどころがありません。

私自身が鬱状態で苦しんでいたときには、心療内科で前者のような「診察」を受けたのですが、何の助けにもならず、むしろ「この世に救いはないのか」余計に辛くなってしまった経験があります。

そんな絶望していた時期に出会ったのが、大須賀先生が伝えてくれた、この真逆のアプローチです。

考えてみると、人間そのものが非合理的で、無駄があって、不器用で、65億人いたら65億人の世界観があって、悩み苦しむ存在で、愛や生きがいを求めている存在であると思います。

大須賀先生やカールロジャースが伝えた「ホリスティック(全体性)」という考え方では、人間がそのような難しい存在であることを前提として、だからこそ深く理解し合うことそのものが重要な営みであるとしています。

つまりは、時には笑いもユニークさもあり、悲しみもあり、喜びがあり、怒りがあるような、人間の非合理的な側面も含めて扱うことがホリスティック、人間を全体で捉えることなのです。

カールロジャースのカウンセリングとは

このホリスティックな発想の元では、どのようなカウンセリングが行われるのでしょうか。

エンカウンターグループの活動を行なってきた仲間とは、よく以下のように表現していました。

今ここの、真実の響き合い

何やら綺麗なまとまり方ですが、意味がわかりずらいので、それぞれについて説明していきます。

「今ここ」とは

私たちの「心」は、今という一点に定まることができず、未来に行ったり、過去に行ったり、あちらこちらに、全然違う場所へ行ってしまいます。

例えば、家のベッドでゆっくりしているのに、「月曜日にあの仕事を片づけて、あの人のアポを取って・・・」と未来のまだ来ていないことに関して不安になったり、

「あの時に言われたことは本当に腹に立った。だからあいつは嫌なんだ」と、過去にされた嫌なことを思い出してしまうことは、誰でも一度はあるでしょう。

このように、本来人間の一部であり、自分で管理するはずの「心」に翻弄されて、過去と未来の間で振り回されてしまうのが多くの人間の姿です。

例に出した程度のものなら良いのですが、これが例えば深いトラウマ(過去)や強烈な不安、焦燥感(未来)となってくると、様々な症状となって、精神的、肉体的に影響が出てくることがあります。

心の疾患は、多くの場合そうした過去か未来への執われによって、無意識に自分を縛り、さらに自分を痛めつけるような行動をとってしまうことによるのです。

そのような時に、カウンセラーの姿勢として大事なのが、自分自身がそうした心の性質を熟知し、気づき、今に定まっていることです。

カウンセラー自身も、来談者の話を聞いて、未来や過去の嫌なことを思い出すことがありますが、そのことに気づいて、自分が飲み込まれなければ、今という中心にすっと立ち戻ることができます。

このようにして、カウンセラーが一貫して今に定まることができれば、過去へ未来へ彷徨っていた来談者さんも、「今」という中心から、暴走する心を冷静に見つめる準備ができるのです。

今に定まる、今ここにいる、という体験をされたことのある人ならわかりますが、まるで瞑想状態のような感覚で、静寂にあって、それは「本当の自分」に近い何かであると思います。

「真実」とは

私たちが、嘘も見栄も打算も一切なく、純粋に目の前の人と語り合う機会は、人生でどれだけあるでしょうか。

例えば、普段、コンビニで出会う店員さんとも私たちは会話をして、「ありがとうございます」と感謝のやり取りもします。

ですが、これらのやり取りで心が満たされるということはまずありません。なぜなら、それはマニュアルの仮面を被った出会いであり、本当の出会いとは言えないからです。

仕事や生活の上で、多くの人がこのマニュアルの出会いに慣れてしまっていますが、カウンセリングで行うのは、このようなマニュアルでも、建前や仮面を被った出会いでもありません。

自分という一人の人間が、目の前の相手という一人の人間と純粋に出会うことを「真実の出会い」といいます。

カールロジャースは「人間中心アプローチ」とわざわざ命名するほど、この人間同士のあるがままの出会いを強調しました。

多くのカウンセラーは、あるがまま接するといいつつも、そもそも「私はカウンセラーである」「あなたは患者である」と関係値を固定したところからスタートしてしまい、良い関係に見えて、実は一方的に診察をしているだけという場合もあります。

それが必要な場面もありますが、実はその影には、カウンセラーとしての立場、仮面をとった自分自身を見せることへの恐れがある場合もよくあります。

結果として、「カウンセリングにおいて、自己開示はしないほうが良い」というような教え方をする人もいるそうですが、それはカールロジャースのいうカウンセリングでないかもしれません。

カウンセラーが人間味にあふれ、裏表のない一貫性のある自然な態度をとることができて、はじめて来談者さんも素直になり、お互いにとって有意義な対話ができるようになるのです。

「響き合い」とは

私たちは誰かの言葉に強く共感し、感動して涙することもあります。また、その言葉がきっかけで、人生が変わったということもあるでしょう。

ですが、もし仮にその言葉を、昨日の仕事中、忙しい時に言われたとしたらどうでしょう。なんとも思わなかったかもしれません。

何が言いたいかというと、心からの響き合いや共感というのは、「今というこの瞬間に、その場面で、その人に言われたから響く」という、偶然かのような必然が一致して起こる、大変稀有なことなのです。

そして、私はカウンセラーとはそのような響き合いのプロである、というように考えます。

具体的には、来談者と共に、今にいて心からの対話に没頭しているからこそ、その瞬間を見逃さず、ほとんど直感的にその人にとって必要な言葉がふっと浮かんでくるのです。

それは本当に非科学的な、直感の世界かもしれませんが、人間と人間同士の深い関わりから生まれたこの雫のような言葉こそが、心の傷を深いところから癒し、様々な執われから解放されるきっかけになるように思えるのです。

逆に、すでに対応方法や処方箋が決まっている、「カウンセラーと患者」の間のやり取りには、このような響き合いがほとんど含まれていません。むしろ、人間的な関わり方は排除される傾向にある気もします。

カールロジャースのエンカウンターグループでは、最初お互いに敵意しかなかった参加者同士が、お互いのトラウマが解放された喜びから、抱き合って祝福し合うような場面もあります。

自分の深い世界、実存を相手に理解してもらい、また相手の本当の思いを理解することの喜びは、世界共通なのだと思います。

実は、心の傷を癒すのには人間同士の素朴で愛のある響き合いしか必要ないのかもしれません。

そして、それは世界にひとつだけの個性を持つ人間同士だからこそ、まるで多種多様な楽器が響き合うオーケストラのように、素晴らしいハーモニーを奏でることができるのでしょう。

カールロジャースが本当に伝えたかったこと

ここまで、カールロジャースが伝えたかったカウンセリングとは何か、というテーマでお話ししてきました。

このホリスティックな発想の元で、カウンセリングの概念とエンカウンターグループについて別途まとめていますので、ご興味のある方は以下の関連記事からぜひお読みください。

ここまで、お読みいただきありがとうございました。

※この記事は、個人的な経験をもとに本質を伝えようとするものです。理論的な根拠の元に、厳密性・信憑性を担保して作成されている訳ではないということ、また価値観も人それぞれであり、全ての人の合意を得られる内容でないことをご了承ください。

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