雑記:「生きる意味」で検索順位1位を獲得しました

雑記:「生きる意味」で検索順位1位を獲得しました

こんにちは。

このブログの管理人、やさいの雑記です。

この頃、ほとんど記事を書いていませんでした。待っている人がいるか分かりませんが…スイマセン。

というのも、瞑想を続けているうちに、無心の状態が一番落ち着くようになってしまい、頭を使って言葉を捻り出すことが面倒になってきた、というのが正直なところです。

もともと、このブログは、強烈な生きづらさを感じながら二十数年生きてきた私が、今の「安心に包まれた自分」へ変わることができた理由やプロセスを記事にしてきました。

しかし、30記事くらい書いたくらいで、自分の狭い経験の中で、役に立ちそうなものは書き尽くしたなという─

要は、ネタ切れ…というか、ネタを考えるのが以前より大変になったというか。

そんなこの頃ですが、「雑記」ならいけそうだと思い、今回、書いています。

ところで、最近「生きる意味」とGoogle検索をしたところ、数年前に書いた記事が一位になっていました。

 

 

検索順位は刻々と変動するので、一時的な結果ではあるのですが、こうして実績を残せたことはとても喜ばしいことです。

このブログのタイトルが「生きる意味.net」である通り、元々ブログを始めたのは、「本当の生きる意味を、全ての人に知ってほしい」という、個人的な欲求からです。

そのため、こうして検索順位1位が達成されたことで、自分の使命を終えたような、そんな不思議な感覚でいます。

この記事は、いろいろな角度から生きる意味を検証してみるという試みですが、実際のところ、そんな小難しく考えなくても、人生に満足できる方法はたくさんあります。

でも、肝心の僕はというと、なぜか全然、満足できない。

あの偉人がこう言っている、ブッダやキリストがこう言っている。

その言葉をどんなに一生懸命反芻してみても、一向に幸せになれなかったのです。

もし、僕自身が「幸せな気でいる」ことに満足できたり、何か依存できる対象があればよかったかもしれません。

でも僕には、(幸か、不幸か)それが叶いませんでした。

自分の奥底にある乾きを誤魔化して、嘘をついて生きるということが、どうしてもできなかったし、許されなかったのです。

そんなこんなで、大変な時もありましたが、貪欲に生きる意味を追求してきたからこそ、多少なりとも、人の心に響く記事が書けたのかもしれません。

コメントで、記事へのフィードバックを下さった方にも感謝しています。

ご意見は全て拝見させていただき、記事に反映させていただきました。

結果として、正直、今の自分が見ても、「よくこんな記事書けたな」と思うくらい、いい記事に仕上がりました。

もし、このブログに来られて、まだこの「生きる意味」の記事を見ていない方がいたら、ぜひじっくりお読みになってください。

最高の人生が、きっと始まりますよ。

 

ではまた、どこかでお会いしましょう。

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