人間の「心」と「意識」の関係を、例え話でスッキリ理解する

さて、前回の「死ぬのは怖いこと?体が無くなっても、命が存在し続ける理由」という記事では、人間の命や意識は、肉体がなくなったとしても、存在し続けるのではないかという可能性をお伝えしました。

次にその「意識」とはいったいどのようなものなのか、様々な例を交えつつ、具体的に考えていきたいと思います。

人が生き残るために備わった「心」

人によっては「意識」というと少し難しく感じるかもしれませんが、「心」といえば、誰にとっても馴染み深く感じると思います。

心は、意識の一部であり、喜怒哀楽などの感情的な部分もあれば、複雑な思考をしたりなど、理性的な側面もあります。また、その人の性格、キャラクターを構成している要素でもあるでしょう。

さて、その心のもっとも基本的な働きとは、体の感覚器官(目や皮膚など)からもたらされる様々な刺激に対して、それを「好き・嫌い」「気持ちいい・気持ち悪い」など様々に意味付けをした上で、記憶するというものです。

そして、蓄積された記憶を元に、次の行動を決めたり、自分に起こる現象に対して様々なリアクションを起こします。

心の一部としての「欲望」

分かりやすい例を出せば、道を歩いていて、ふわっと良い匂いが鼻に登り、あなたの意識の中に「焼肉を食べたい」という欲望が登ってきたとします。

あなたはその匂いに引き寄せられるように、自動的に足が焼肉屋さんに向かいます。

お店の前まで到着したら、念のため財布の中身をちらっと確認して、その後は、思うままにお肉を堪能します。

そこで、「美味しい、気持ちいい、嬉しい」といった、強い喜びの感情が自分の中に起こります。

その快感は、体験と共に心に記憶され、後日、その店の前を通った時に「またあの美味しい焼肉を食べたい。今度行こう」と次の欲望へと結びついていきます。

このように、心は人間が生き残るために必要な欲望を体を使って満たしていき、さらにその体験を記憶して、次の新しい欲望へとつなげていくのです。

人のユニークな価値観やキャラクターの一部も、個人の欲望に応じた行動によって、様々な体験の記憶が蓄積された結果であるともいえます。

心は過去と未来を往復できる

先ほど挙げた例のような単純な欲望は、動物にも見られる心の性質ですが、人間の心は、さらに他の動物と比べて大きく進化している点があります。

それは、心によって、様々な自然界の現象を分解して理解・応用し、その上で、過去から未来を予測して行動する能力です。

人は、これまで、様々な自然の法則や物理を観察して応用し、便利な道具を作ってきました。

例えば、自然界の様々な物理法則を利用して、自動車や飛行機などの乗り物ができたり、昨今話題の人工知能についても、人の脳のニューロンを真似て作られているといいます。

人はこのような優れた技術を応用しつつ、過去の様々なデータから未来の天候の動きを予測し、天災を避けたりなどもしてきました。

鳥なども天候の変化を敏感に読み取って飛び立つこともしますが、人間はさらに過去と未来を往復して、今すべき行動を決定することができるのです。

この優れた思考の働きによって、人間は何万年も前から、厳しい自然の中を生き残ることができたのではないでしょうか。

過剰な欲望と自己防衛で暴走してしまうことも

この心を正しく管理することができれば、体を正しく動かし、クリエイティブに、豊かな人生を送ることもできるでしょう。

ですが、実際のところ、私たちは、この心自体をどう扱って良いかということが分からず、かえって翻弄されてしまうことも多いのです。

具体的には、まず、心が持つ欲望を抑えることができず、過剰な行動をとってしまうことが挙げられます。

誰しもが一度は、体に悪いのを知っていながら、ついつい食べすぎてしまったり、お酒を飲みすぎてしまったことがあるでしょう。

そのことで誰にも迷惑はかけていないかもしれませんが、自分の大切な体には負担をかけてしまっているかもしれません。

あるいは、過去の経験から未来を予測して、危険を回避するという性格がむしろ災いして、全くの誤解をしてしまうこともあります。

例えば、あなたが過去に、ある人からひどい嫌がらせを受け、とても不快な思いをしたとします。

その後、数年経って、全く関係のないところで、その人と顔だけがそっくりの別人とばったり会い、一緒に仕事をすることになったとします。

あなたは、まったく関係ないその人のことを見て過去の記憶が蘇り、自動的に「この人は嫌いだ」という風に判断してしまい、尊敬のない態度をとってしまったことはありませんか。

心は、過去の経験から、自分の身を守るための反応をとっさに引き出し、結果として否定的な態度を起こします。これは自己防衛という心の働きです。

特に、心に多くのトラウマを抱えている人の場合、あらゆるものから自分自身を守ろうと、心が過剰に働いて、攻撃的になったり、否定的になったりしてしまうこともあるでしょう。

これも本来は危険から身を守るありがたい機構ではあるのですが、この例のように、一歩間違えると強い思い込みや偏見となってしまいかねません。

心は本来は大変素晴らしい機能であるのですが、その働きを制御できずに、過剰に暴走してしまうと、他の人や、自分自身でさえも傷つけてしまう可能性があるのです。

素晴らしい心も「使いよう」

さて、ここまでお話しした心の性質をまとめると、心とは、人が生き残るために備わった重要な機能である一方で、時に欲望によって暴走したり、過度な自己防衛によってむしろ混乱してしまう側面もあるのです。

もし、この心を人間の全てであると捉え、欲望と自己防衛に振り回されてしまうなら、人の生は、動物と大差ないのかもしれません。実際に、人間はただ生きて快感を貪るだけの存在のように思っている人もいるそうです。

しかし、実は、心は人間を構成する一部であり、「欲望を満たして自分を守り、生き残るための機能」にすぎません。

心もまた一つのツールに過ぎず、それを管理して活かすために、さらに上位の「意識」が存在するのです。

心を超然と管理する「純粋意識」

心をさらに管理しているものなんてあるの?と思われた人もいるかもしれませんが、誰もが一度は感じた経験があるのではないかと思います。

例えば、自分が何かトラブルに巻き込まれた時に、心がパニックになり、とんでもない行動を起こそうとしてしまうことがあります。

ですが、そんな時、その暴走する心から離れて、ただ状況をフラットに眺めている冷静な自分がスッと現れ、その行動にストップをかけてくれた経験はありませんか?

また、先に出した例でいえば、自分のトラウマを体現するような人と出会うことで、自分の心の中で、反射的に嫌だという気持ちが起きます。

ですが、そうした時に、「これは自分を守ろうと、心が働いてくれているのだ」と、心の動きをフラットに見ているだけの自分が現れることがあります。

そして、それが誤解であり自己防衛であると素直に認めることができれば、心とは反対に、相手に対して、愛のある行動を選択することもできます。

このように、様々に揺れ動く心とは対照的に、それをただ純粋に見ている自分が、誰しも心のさらに奥に存在するのです。

それを純粋意識と呼ぶことができます。

この純粋意識は、過去と未来、好きと嫌い、様々な欲望などに翻弄されずに、常に中心にあって、心を超然を管理することができるのです。

純粋意識は、世界をシンプルかつ平等に捉える

さて、もう少し「心」と「純粋意識」の違いについてイメージを具体的にしていきましょう。

私たちは、心が自分自身だと思い込んできた歴史が長いため、通常、この純粋意識は心と一体化してしまっています。

そのため、自分では正しい行動をしていると思っていても、それが結局は心の記憶に基づく選択であることもあります。

身近な例をあげてみましょう。

例えば、地球には晴れの日と雨の日があります。そこで、雨は濡れるから嫌だな、ずっと晴れでいいのに、と心は捉えるかもしれません。

ですが、冷静になって考えれば、晴れの日と雨の日の両方があって草木が潤い、結果として自分の生に繋がっているということが分かります。

自然の全てはこのようにバランスをとって、調和を図るために様々な現象を起こしているのです。

ですが、これが目に見えない世界の話であったり、自分自身の話になると、途端に納得がいかなくなります。

例えば、全く予期せず不運な事故にあった時に、「なんで私だけがこんな目に」とこの世界を呪うことがあります。

それはもしかしたら、自然で言うところの雨であり、何かのバランスを取るためであったり、あなたを成長させるために起きていることであるかもしれないのに、心はそれを認めることができません。

人間は心にとって居心地の良いものは受け入れますが、そうではない苦しみは、それが自分の本質的な成長に必要なことであっても、どうしても否定的に捉えてしまうのです。

もし、そんな時に、一時は心が揺らいだとしても、「目には見えないところで、何か必要なことが起こっているのだろう」とシンプルに受け止め、とらわれなく現実に対処していくことができたら、そちらの方が良いと思いませんか。

普通は、心の方に引きずられてジメジメと不平不満が出てしまうのですが、純粋意識が発達している人は、そこで心を働かせずに、平等の立場でいるという選択をあえて取ることができます。

心は常に何かの欲望や自己防衛によって翻弄されてしまいがちですが、一度でもこのような平等な意識を持ち直すことができれば、心はそれに付き従い、最善の選択肢を取ることができるのです。

純粋意識は人間の本質にもっとも近い

少し抽象的な話になってしまいましたが、つまりは、純粋意識とは、マイナスとプラス、ネガティブとポジティブ、善と悪などの、心自身が生み出すあらゆる両極を等しく包括して、自然なバランスをとり、調和をもたらしているものです。

そして、この純粋意識こそが、体を司る心をさらに管理して、真に統率している人間の本質でもあるのです。

次回は、この純粋意識がなぜ人間の本質と呼ぶにふさわしい程の存在なのか、また、その純粋意識をどのように高めていけば良いのかについて、お伝えしていこうと思います。

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