ガンジーの宗教観~非暴力・不服従の根底にある精神~

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ガンジーといえば、非暴力、不服従で歴史的に有名ですが、それ以外にも、偉大な思想家・宗教家としての側面があることをご存知でしょうか。

ガンジーの死すら恐れない不屈の奉仕精神は、彼の信仰するヒンドゥー教の思想がベースになっていますが、他宗教に寛容であったことから、キリスト教・仏教などの宗教観も影響しているようです。 今回は、そんな思想家ガンジーのことばから、いくつか名言だと思ったものをピックアップしたいと思います。 (以下の名言はすべてガンジー「私にとっての宗教」より引用しています。)

ガンジーの名言集

名言1.

「様々な宗教があるが、それらはみな同一の地点に集まり通ずる様々な道である。同じ目的地に到達する限り、我々がそれぞれ異なった思想をたどろうと、かまわないではないか。実際には、人間の数と同じだけ宗教があるのである。」

ガンジーは特定の宗教観に固執しとらわれ、他宗教のあら探しをするような信仰を認めませんでした。宗教の違いとは、彼にとっては目的に至るための道、手段の違いにすぎなかったのです。 同じ目的に向かっているのに、宗教間で互いに貶め合う状況は、考えてみればおかしなことかもしれません。

名言2.

「私は、宗教という言葉によって、形式的、あるいは慣習的な宗教を言っているのではない。そうではなくて、すべての宗教の根底にあり、造物主と直面させてくれるような宗教を言っているのである。・・・ここで宗教は、宗派主義を意味しない。宇宙の秩序正しい道徳的支配への信仰を意味する―」

ガンジーは、全ての宗教は実際には根底でつながっていると信じていました。神、ヤハウェ、アッラー、ブラフマン、様々な呼ばれ方はされますが、すべて正体は同じ「造物主」なのです。 大宇宙さえ生み出したその造物主に、自分自身が至り、一体となるための修行法を「宗教」と呼ぶのかもしれません。

名言3.

「私は、理性に訴えず、道徳と矛盾するような宗教的教義はすべて拒絶する」

ガンジーは、宗教の教義は正しい倫理的背景、理性的な思想があり、かつ人間の良心に沿っていなければならないとしています。

人間の信じる力とは非常に強大なものであり、その方向が間違っていれば、オウム真理教のように大変な事件をも起こしかねません。 宗教とは直観的なものと考えがちですが、実際のところ、こうした脱線を防ぐために、背景にはきちんとした理性的裏付けがどうしても不可欠なのです。

名言4.

「神の法にそむけば神の処罰が下される。しかし、それは神の復讐心から出たものではなくて、我々の精神を浄化するために止むをえず下されるものである」

神の法、つまり人間に内蔵されている良心、道徳心に従わずに、エゴを強めて快楽を求め、他人を苦しめるような行動を続けていると、考えるまでもなく、後で確実に痛い目に合うものです。

それは、神が痛みを通じて人間に「あなたの歩んでいる道は間違っている、正道に戻りなさい」と、愛をもって語りかけているのかもしれません。 人間はいくら説教をしてもいうことを聞きませんが、一度でも痛い目をみるとすぐに考えを改めるということを、神さまは熟知しているわけです。

おわりに

いかがでしたでしょうか。 ガンジーの思想は、宗教のボーダーを超えた「超宗教」「ホリスティック」を感じさせます。 ガンジーは宗教という段階を超え、さらに上の次元から悠然と見渡せる余裕があるからこそ、宗教の根が全て同じであることに気づいたのかもしれません。自分がある特定の宗教観、観念体系という井戸の中にいたら、決して気づくことできない世界のはすです。

歴史に残るような真の偉人となるには、それほど大きな器が必要なのかもしれません。

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